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2006年 03月 30日
2000年11月、初めて訪れたびわこホールは、ロビーのガラス張りの向こうに琵琶湖が一面に広がるりっぱな劇場だった。私の席は最前列通路横、ただし右側の通路。どうして一般発売の、しかもワンコールで、こんないい席がとれたのか。2階席もある中ホールは後ろ半分ほどが空席だった。藤原さんの舞台で、こんな事もあるのかとイヤな予感がした。
この公演は、卒塔婆小町と弱法師という各々45分づつの完結した2本の芝居からなる。最初の芝居が終わると当然カーテンコールがあり、休憩に入って次の芝居を待つ。 1本目の卒塔婆小町が始まる時、客席にはいつも大阪で観ているような緊張感があまり感じられない。芝居が始まってからも、何かそわそわとした空気が漂っていた。弱法師にしか出ていない藤原さんのファンが多いせいだろうか。それでも、老婆を演じる役者の熱演に徐々に引き込まれてゆく。カーテンコールでは客席から熱い拍手が沸き上がった。 そして弱法師。舞台上には、窓のある建物内側の壁が描かれた垂れ幕があり、その前に机とイスがあるだけ。俊徳の両親と育ての親達の会話が続いた後、場内がざわつく。 左側通路をゆっくりと杖をつきながら、サングラスをかけた盲目の俊徳が、舞台へと向かって歩いてくる。埼玉での舞台稽古の映像をテレビで見たが、確か舞台と同じ高さの花道が作られていたような気がする。地方では色々制約があるのだろう。まわりの熱い客に埋もれたその白いスーツ姿は、まるでアイドル演歌歌手のように見えた。舞台上で彼を待つ出演者たちの方を見ると、父親役の筒井康隆さんが所在無げに座っている。芝居の中の空白、一瞬退屈な時間が生まれた。 藤原さんが舞台に上がると、とたんに明るく華やいだ空気が支配する。白く脱色した髪の色は、アンディウォーホールのイメージだとか。あの人はホモセクシャルだったが、俊徳もそういう設定なのか。ひざをくっつけて座っている姿がそれっぽい。声の調子をあからさまに変えてせりふを言う。初めてみる演技だ。 たばこを吸って銘柄を当てるシーンでは、たばこをはさんだ指先が色っぽい。未成年にしては吸い方が堂に入っている。彼の東京生活最初の部屋に、マルボロの空き箱を貼付けた自作オブジェがあったっけ。いけない、舞台に集中しなければ。 続く親たちとの言葉の応酬は、滑稽であればある程、痛々しく各々の存在の哀れさが浮き彫りになってゆく。 俊徳が、真っ赤に染まった夕日の中で、空襲を思い出して苦しむシーン。稽古の時に、蜷川さんに絶賛されたというあの演技、テレビで一瞬見ただけでも鬼気迫るものがあった。私は息を凝らしてじっと見つめた。だがそこには、言葉のむなしい羅列があるだけ。早口で語られるせりふは心に届かず、ただページを急いでめくるように流されてゆく。信じられない気持ちのまま、ラストシーン、一人イスに座っている俊徳を見つめつづけた。三島由紀夫の自決の時の演説が流れる中、あの俊徳の表情からは何も読み取れない。私の感性が鈍ったのか。ああこのまま終わってしまうのか。 カーテンコールでは、ご本人も珍しく不機嫌な顔で出てこられた。ルールを知らないファンが彼の足元に置いたプレゼントを、高橋恵子さんに促されてやっと拾い上げ、あのイスの上に置いて去って行かれた。私は、雨の中、泣きそうなぐらい空しい気持ちで足早に劇場を後にした。 あの後、大阪で行われた公演は非常に評判が良かった。藤原さんの舞台はたいてい東京や埼玉で始まり、大阪に来る頃には、より完成度が高まっているという。いつも大阪で観ている私にとっては嬉しいことだが、同じ人の同じ芝居で、あれ程できにムラがあるとは思わなかった。びわこで観なければ、この芝居の印象も違っていたかも知れない。 98年身毒丸を観て以来、2ヶ月に一度のペースでいろんな芝居を観てきたが、藤原さんの芝居には他者を寄せつけない圧倒的な存在感と華がある。だからこそ、観る側としては、彼が新しい芝居に挑戦する毎に、より高いレベルのものを期待してしまう。 今年の夏、この近代能楽集が再演される。蜷川さんも藤原さんも再演毎に新たな可能性を見出せる奥の深い芝居だと捉えておられるからだろう。今度は大阪で観る。一抹の不安と大きな期待を胸に。 (2005年2月に記す) =追記=『近代能楽集』 2005年夏、大阪シアターBRAVA! 以前観た時の悪い印象は、私の受け止め方にも問題があったのかも知れないと思い、今回は、より集中して観る為に一度だけの観劇にした。 卒塔婆小町では、詩人役の俳優が前回とは比べ物にならない程、すばらしい演技を見せてくれた。こんなにいい俳優になられたんだ、と感動する。前回観た時には古くさく感じた舞台美術も違和感が無い。どこが違うのだろう。どんどん引き込まれてゆく。 そして弱法師。二組の両親の演技も、より滑稽さを増している。特に実の父親役の人がいい。思わずスッスッと鼻で笑ってしまった私を隣に座った人がみとがめている。 俊徳の登場。通路奥に佇む藤原さんに見とれていた私の横に、いつの間にか夏木マリさんがピシッと背筋を伸ばし、真直ぐ前を見据えて立っておられた。その姿があまりにも毅然としていて、藤原さんに気をとられてたぶん間の抜けた顔をしていた私は恥じ入る。存在感のある人だ。ちょうど私の真横で、二人が手を取り合う。 俊徳のサングラスの下からきれいな目が見える。口のまわりにニキビがいっぱいできている。何をチェックしているのか、私。下から見上げているせいか、ひとまわり大きくなられたように感じる。ああ、私も立ち上がって手を差し伸べたい。 一瞬、三人だけの世界。 舞台に上がった俊徳は、せりふの一つ一つが以前とは全く違う。 強く咎める声は太くお腹の底に響く。媚びたような猫なで声に耳の後ろがビリビリ痺れる。うめくように絞り出す低い声が足元から這い上がる。すべてのせりふが自然に発せられ、体の芯までストレートに突き刺さる。夕日に真っ赤に染まる中、悶え苦しみながら吐き出すセリフに胸が締めつけられる。その汗と涙にまみれた姿に釘付けになったまま瞬きすら出来ない。なんという迫力。赤い炎が目に痛い。 前に観た時には全く理解出来なかった最後のシーン。後ろの垂れ幕がドサッと落とされると、むき出しの劇場の骨組みが現れる。恐ろしい程に寒々とした背景。 びわこホールで観た時には、劇場の後ろの壁がきれいで、垂れ幕が落とされてもただ古くさい仕掛けにしか感じなかった。劇場によってこれ程効果が違うのか。それとも私の感じ方が変わっただけなのか。 イスに一人腰掛けて微笑む俊徳。三島由紀夫の死の演説が妙に高い声で、聞き取りにくさがかえって臨場感を増し、俊徳の心の声と共鳴する。辛くて泣きそうだったのに何故かさわやかな気持ち。少しだけ三島の、そして蜷川さんや藤原さんの伝えたかった事が理解できたような瞬間だった。 客電がつき通路を帰る人達が、ちょっと恐すぎやね、と話していた。 舞台役者藤原竜也氏が演じる二人の俊徳を見比べて、観る側の私にも気力と体力が充実していなければ、迫力に圧倒されるだけで何も返す事ができないのだと思い知った。
by shintoku0
| 2006-03-30 11:26
| 藤原竜也 舞台
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Comments(6)
こんばんは!私の方のブログにも足を運んでくださってありがとうございます!
こちらの劇評を拝見させていただきましたが、相変わらず素晴らしい感想!その文章に感動しました。身毒丸再演で竜也くんを観て、物凄い衝撃を受けてファンになった私にとってはどれも興味深い感想です。 特に、この近代能楽集はまさか再再演をやってくれるとは思っていなかったので、決まった時とても嬉しかったし、昨年観た3本の竜也君の舞台の中では1番印象的な演目でした。初演時の映像をチラッと見ていて、炎のような激しさと圧倒的な絶望を予想していましたが、実際の昨年の再再演の舞台を観て目の当たりにしたのは、燃えるような深い哀しみ。ただただ観ていると訳もわからず泣きたくなるほどの深い哀しみを放出させる俊徳がそこにいました。本当にこの演目は観る方もある覚悟のような物を持って強くいないと、引きずり込まれてのまれてしまう舞台だと思いました。 個人的には総合的には卒塔婆小町の方が好みの舞台だったんですけど。あの洋さんの詩人と、穣さんの老婆も素晴らしかったです。 他の舞台の感想も楽しみにしています!
003さんの母さん、こんにちは。いつも遊びに来て下さってありがとうございます。
近代能楽集の感想、すごいですわ~!私のはじめて竜也くんの観た舞台は2000年の近代能楽集で・・とても懐かしく当時のことを思い出しましたわ。003の母さんがおっしゃっていた「勢い」を私は2000年の近代能楽集で感じました。
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003の母
at 2006-04-05 13:06
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さらはさん、来て下さってありがとうございます。
最後の俊徳の微笑みには、「さとり」のような宗教的なものではなく、生きものとしての凛々しさ清さを感じました。「深い哀しみを放出させる俊徳」って、まさにぴったりな言葉ですね。私の方こそさらはさんの文章力に敬服しています。 去年の卒塔婆小町、本当にすばらしかったです。また別のカテゴリに書きたいです。
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003の母
at 2006-04-05 13:11
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Yoriさん、こんにちは!
この芝居、大阪か東京で観られたんですね。実は、びわこの悪い思い出をここに書いていいものかどうか迷ったんですが・・・叱られなくてよかった。私の文章って、かたくて偉そうなわりにはミーハーな心根が見え隠れしていて、品がいいのか悪いのかビミョウなところです。お忙しいのに読んでいただいて嬉しいです。
こんばんは、「今日も今日とて〜」の涼子です。
「観る側の私にも気力と体力が充実していなければ、迫力に圧倒されるだけで何も返す事ができないのだと思い知った。」という一文にはっとしました。 昨年はじめて「弱法師」を観劇したわたしも、そうだったような気がします・・・ いま観ることができたら、また違うのかな。
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003の母
at 2007-03-16 18:45
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こんばんは!!
今、涼子さんのコメントに気づきました(汗) ほぼ一年。ああ、本当に申し訳ない(大汗) この頃、まだブログを始めたばかりで、何だかとても偉そうな事を書いていて、久々に読み返して恥ずかしくなってきました。 皆さんに、支えられて、今も続けてゆけてるんですよね。有り難いです。本当にありがとうございます♪ これからもどうぞよろしくお願いします。
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